ナ ツ ア オ イ

恋と秘密 4



 待ちに待った夏休みが幕をあけた。
 といっても二年生になると、来年の受験に備えて夏期講習がある。
 三年生ほどの過密スケジュールではないし、任意参加ではあるけれど、結構出席率は高かった。
 進路に関してのん気に構えていたあたしも、周りにつられるように参加希望届を出した。
 とはいえ、あまり勉強する意欲はない。
 机いっぱいに旅行社のパンフレットを広げたまま、大きな溜息をついた。
「ちょっとなに? ナツ、温泉行くの?」
 唯がそのうちの一冊を手にとって、この暑いのに? とページを捲りながら更に不思議そうな顔をする。
 並んでいたのは年配世代向けプランのものばかりだったこともあり、そういう表情になるわけだ。
「違うよ。あたしじゃなくて、お父さんとお母さんの結婚記念日」
「あー……」
 唯は思い出したように納得した。
「ていうかマメだよね〜。ナツんちって。色々理想的だわ。ウチなんかあたしも姉ちゃんも兄貴も、 そもそも親の結婚記念日なんて知らないからね。兄貴なんか多分、誕生日すら忘れてるよ」
「まあ、あたしんとこの場合は、ちょっと事情が特殊だからさ」
 複雑な事情を察してか、とたんに神妙な表情になる唯。
「……そっか。そりゃそうだよね」
 そんな彼女に、あたしは気さくに笑った。
「まあ、みんな単にイベント好きってのもあるんだけどね」
 あえて例えるなら、儀式みたいなものだと思う。 お父さんとお母さんの結婚記念日イコール”広川家の誕生日”なのだ。
 事情が事情だけに、毎年みんなで祈る。また来年も家族が続きますようにと。 人為的に始まった家族だから、お互いにちゃんと確認したくなる。これからも家族でいようねって……。
 あたしたちは十分うまくいっているとは思うけど、それでもいつも小さく不安を抱えているのだ。 心のどこかに、普通の家族とは違うっていう意識がどうしてもある。
 だから何気ない家族行事に固執するのだと思う。最近そんな気がするのだ。とくにアオイを見ていると……。
「そういえばさ、大山手の駅の裏に、新しい旅行代理店できてたよね」
「え、そうなんだ?」
「この間電車乗ったら看板が見えてさ。海外中心かもしれないけど、結構大きな店だったから 近場の温泉プランも揃ってるかも」
「へえっ、いいこと聞いた〜」
 さっそく帰りにでも寄ってみよう。テンションがあがる。
 時期も迫っていることだし、そろそろ用意しなくちゃいけない。 アオイも誘って、今日中に決めてしまおうか。
 受験勉強真っ只中のアオイも、少しくらいなら時間をとれるだろう。結婚記念日の準備には乗り気だったんだし。
「ねえ、とりあえず、さっさとお昼食べようよ〜。お腹減った〜」
「オッケー。食べよう食べよう」
 気分上々で素早く机の上を片付けた。唯が隣の席の机をあたしの机にくっつける。
 そこであたしはキョロキョロと周りを見回した。
「あれ、春香は?」 
 唯は盛大に溜息をついた。
「ヤボなこと聞かないでよねぇ。あー嫌だ嫌だ」
「……あ、そっか」
 (今日も川瀬くんと一緒か……)
 あの二人は結局、夏祭りの後から正式に付き合うことになったらしい。
 お昼もずっと一緒なんて、随分とラブラブだ。
 いいなぁ、羨ましいなぁ、なんて思いながらホワワンとしていると、唯がヌっと顔を近づけてくる。そしてヒソヒソ声で言った。
「なんかさ、進展が早すぎない? あの二人」
「え、そりゃまあ……、お祭りのときに話聞いたときはビックリしたけど」
「それだけじゃなくて! なんというか、お互い相当のめりこんでる感じ。本気っていうの?  川瀬くんはともかく、春香は恋愛初心者だし、あれはちょっと危ないかも……」
「そういうものなの? 好きなんだから、のめりこんでいいんじゃ?」
 呆れかえった様子で、唯は大げさに息を吐く。
「ナツは、ほんとそういうのわかってないよね」
「なにが?」
 あたしは目をパチクリさせて唯を見る。
「だーかーらー、あれよ。相手は川瀬くんよ? 相当遊んでるって噂の、あの川瀬くんよ?」
「いや……、でも、夏期講習にまできっちり出席するくらい春香に本気なんだったら、過去のことは……」
 ――――バンッ!!
「本気だからヤバイのよ!!」 
 天板を叩き割るような勢いで机に手をつき、唯は立ち上がった。
「…………」
 あたしはビクっとして硬直する。教室全体が静まり返って、周りの子達は遠巻きにこっちを見ている。
 唯は興奮を抑えるように軽く咳払いすると、呼吸を落ち着かせて座りなおした。
「つまりね。何も知らないウブな春香が、川瀬くんに乗せられて、 行くとこまで行っちゃわないとも限らないじゃない?」
「……行くとこ?」
「ああもう、じれったいぃ……。はっきり言うと、要するに……」
 唯があたしの耳元に口を寄せて、ゴニョゴニョと話す。その言葉にあたしは、カっと目を見開いた。
「に、妊娠〜〜〜〜〜〜!?」
「ばッ、ちょッ!!」
 驚愕のあまり大声を出してしまったあたしの口を、唯が必死に塞ぐ。
 あたしは口に出したあとに、言葉の意味の重大さに気付いて慌てた。
 ……が、既に遅い。
 教室中が、果ては教室前の廊下がシ〜ンと静まり返って、あらゆる人々の視線があたしに突き刺さる。
 (――な、なんてことを……)
 あたしは思いっきり取り乱して、真っ赤な顔で立ち上がった。 両手をペンギンみたいにバタバタさせながら、周囲に向かって大声で弁明する。
「あ、あの、違います。違いますよー! 違いますからぁ!!」
「……げ、芸能人の話です。芸能人のっ! ほら、あのデキちゃった婚のアイドルの……!」
 唯も一緒に立ち上がって、フォローしてくれる。
 それでもしばらく、周囲の視線は張り付いたままだった。
「ナ〜ツ〜、あんた〜、なんてことしてくれるのよぉぉぉぉ」
 地鳴りのような声を出しながら、唯があたしの首を掴んで迫ってくる。
「ご〜め〜ん〜〜」
 唯の口から出た言葉が、あまりに突飛なものだったから、あたしはつい我を失ってしまったわけで。 後になってよくよく考えてみると、男女が付き合ってあれやこれやする以上、そういう危険はつきまとうわけで。
 もち ろん知識としては知っている。知ってるけど……。
 でも”あの”春香とそういう行為っていうのは、どうしても結び付けられなくて……。
 要するに、自分の通常より遅れた恋愛観と世間とのギャップに、激しくうろたえていたわけだ。
 とはいえ、春香に関しては、いくらなんでも唯の考えすぎだろう。そんなふうに軽くやり過ごしていたあたしは、やはり少し甘かったのかもしれない。
 


 午後の講習が終わったあと、一階にある三年生の教室まで行った。
 アオイのクラスを覗いて、その姿を探す。
 今日はちょうど三年生の講習も同じ時間に終わる日だ。一緒に寄り道するにはちょうどいい。
 おそるおそる教室後方のドアから中の様子をうかがっていると、背後から声をかけられた。
「広川さん」
「……わッ」
 ビクっとなって振り返ると、高梨先輩がなぜか脇にバスケットボールを抱えて立っていた。
「た、高梨先輩……」
「アオイならもう帰ったよ?」
 あたしの用を察して、こっちが何か言う前に話してくれた。
 その意外な情報に、あたしは目を丸くする。
 (――帰った?)
「一人で、ですか?」
 いつも高梨先輩や連れの人たちと一緒にガヤガヤ行動してるのに。 放課後になにか用事があるなんて話は、聞いてないけど……。
「……うん、まあ」
 言いながら先輩は何気なく目を逸らす。
 あたしはその先輩らしくない話し方が気になって、思わず彼の顔をじいっと見つめてしまった。
 視線に気付いた先輩は、少し困った様子で、なにか躊躇するような口調で話す。
「いや……、帰ったのは一人だけど、多分、待ち合わせてる相手がいると、思う」
「待ち合わせ?」
 先輩いわく、今日は息抜きにクラスの男子でバスケをやる企画があったらしい。 でもアオイはそれをキャンセルして真っ先に帰ってしまったというのだ。
 先輩が抱えたオレンジのバスケットボールに目をやりながら、あたしは唖然と呟いた。
「あのアオイが、バスケしないで帰っちゃったなんて……」
 お祭り好きのアオイが、もとバスケ部のアオイが、そんなイベントに参加せずに帰ったというのは信じがたい。
 少し気まずそうに目を逸らしたままの先輩は、珍しく渋い顔で押し黙っている。
 あたしは一歩踏み出し、先輩に詰め寄った。
「先輩、アオイが誰と待ち合わせてるか、知ってるんですか?」
 先輩は質問にうろたえている風ではなく、だけどなんだかすごく言いにくそうに口を割った。
「……知ってる」
 あたしは目を大きく開いて、先輩の言葉を待った。
 そして彼の口から出てきた名前に、胸にズシリと重いものが沈むのを感じたのだった。



 大山手駅前にできた旅行代理店には、手頃なプランのパンフがけっこう揃っていて、 六冊くらいまとめて掻っ攫ってきた。
 あたしは少しヤケになっていた。
 アオイなんかいなくても、結婚記念日の準備くらい一人でやってみせる。
 鼻息も荒く、しかめっ面で自転車をこいで家に向かう。
 それでもなんとか元気はあったのだ。家に向かう途中の河川敷の道で、その光景に出くわすまでは……。
 あたしはその道の先に、見慣れた二つの人影を見つけた。
 道の脇に止められているのは、見知った自転車。
 土手の草の上に並んで座っているのは、アオイと千鶴ちゃんだった。
 離れた場所からでもアオイの姿に気付いてしまうあたしは、相当ついてない。
 朱色に染まる西の空に向かって、二人は座っている。 表情までは見えないけど、仲良さそうに何か話している。
 あたしは自転車をおりて、しばらく遠くからその光景を見ていた。 その、どう見たってカップルにしか見えない光景を……。
 別にベッタリくっついて何かしてるわけじゃないけど、夕焼け空をバックに土手で語り合ってる二人なんて、 他にどういう関係が思い浮かぶっていうの?
 ――『先輩、アオイが誰と待ち合わせてるか、知ってるんですか?』
 ――『……知ってる』
 あの後、高梨先輩の口から出てきたのは、千鶴ちゃんの名前だった。
 夏祭りの日、高梨先輩と千鶴ちゃんが一緒に現れたのは、途中で偶然会ったかららしい。 要するに二人は知り合いだったということで。
 その事実の意味するところを、あたしは今になって気付いた。
 高梨先輩と千鶴ちゃんが、知り合い同士……。
 それはどう考えてもアオイを通じて知り合うほかにないわけで。
 結論として、アオイと千鶴ちゃんは、あたしの知らないところでちょくちょく会っていたということになる。 高校が別れて千鶴ちゃんと疎遠になったと思ってたのは、どうやらあたしだけだったらしい。
 無性に腹立たしい気分だった。
 あたしに黙って、知らないところで、二人はそういう関係になってたのかと思うと。
 千鶴ちゃんはあたしの幼馴染でもあるのに……。
 (なにも隠すことないじゃない?)
 話す機会なんていくらでもあったはずだ。
 面と向かって報告されたって相当ショックには違いないけど、 こんな形で知ることになるよりは救いはあるかもしれない。
 あたしは何より、アオイの態度が悲しかった。
 考えてみるとあたしのアオイへの不満は随分身勝手で、一方的なものだと思う。それはわかっている。
 だけど、他に気持ちのやり場がないのだ。
 いつかは来るかもしれないと思ってた日が、こんなに唐突にやってくるなんて……。
 予感は感じていても、もう少し気付かないふりをしていたかった。
 ――アオイの自転車の後ろに乗る千鶴ちゃん。
 ――千鶴ちゃんを乗せて走っていく、アオイの自転車。
 いつしか勝手に自分の特等席だと思っていたものを、あたしは失ったのだと感じた。



 あたしが家に帰ってから一時間くらいして、アオイは帰宅した。
 あれから二人でどこか寄り道をしたのだろうか。その後はおそらく、千鶴ちゃんを家まで送り届けたのだろう。
 玄関ドアの閉まる音がして、それから足音が近付いてくる。
 リビングの扉が開いて、アオイが顔をのぞかせた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、アオイくん」
 笑顔で応えるお母さんの横で、あたしは夕食の準備を手伝いながら、ずっと背をむけていた。
 いつもなら真っ先に振り向いて「おかえり!」って元気良く言うところだけど。
 今日はとてもそんなことはできなかった。
 黙々とニンジンの皮を向き、胸につかえる濁った感情を押し殺す。
 アオイはあたしの態度に気付きもせずに、そのまま二階の自分の部屋に行ってしまった。
 夏休みに入ってから、アオイは家にいる間はほとんど部屋にこもって勉強しているのだ。
「ナツ、どうしたのそんな恐い顔して。おかえりくらい言いなさい。喧嘩でもしたの?」
 お母さんが不思議そうな顔をしている。
 いつもアオイが帰ってくるだけで顔を輝かせていたあたしの、今日の態度を不審に思ったのだろう。
「別に。なにもないよ」
 憮然と答えて、あたしはニンジンのヘタを勢いよく切り落とした。
 夕食の間中、アオイは冗談を言ったり、お父さんとボケツッコミを繰り広げたりしながら、 いつもと変わらない態度を見せていた。
 受験生だっていうのに、悩みとか疲れとかストレスとか、そういうのをアオイはみんなには見せない。
 いつでもどこでも陽気なムードメーカーだった。
 日常どおりの明るい食卓で、あきらかにいつもと違っていたのは、あたしだけだ。
 ぶすっとした顔で黙々と食器の中身を片付けて、食卓をあとにした。
「なんだよ、ナツ、愛想ねえなー。調子悪いのか?」
「いいのよアオイくん。あの子夕方からずっとあの調子で」
 アオイの声に答えず、あたしは食器を流し台にまで運んで、そのまま出て行こうとする。
「ナツ、悩み事があるならお父さんに……」
 心配げなお父さんの声に一度だけ立ち止まった。
「大丈夫。なんでもない」
 振り向かずに答えて、あたしはリビングを出る。
 そして素早く二階への階段を登った。


 お風呂上り、部屋でテレビを見ながら髪を乾かしてると、ドアを叩く音がした。
 あたしはドライヤーを止めて、低く返事する。
「なに?」
「俺。開けていい?」
「……いいよ」
 ドアノブが動いて、扉が外から開く。Tシャツとスウェット姿のアオイが入ってきた。
 あたしは相変わらずぶすっとした顔のまま、アオイの方をちらりと見る。
 そしてすぐにテレビに目を戻した。
「なんか用?」
 けたたましく響く、テレビの歌番組の音。
 アオイは横からそのスイッチを切った。
「あ……」
 抗議の目を向けると、アオイは神妙な顔であたしの隣に腰を下ろした。
 そして、あたしの膝元に広がっていた旅行社のパンフレットに気付く。今日の帰りにもらってきたものだ。
 それを見るや、アオイの目がかすかに揺れた。
「……悪い。一緒に探すっつってたのに、俺、すっかり任せっきりだったな」
「いいよ。アオイ受験生だし、勉強に集中したらいいよ」
 あたしはなんでもないように答え、散らばっていたパンフレットをテーブルの下に押し込めた。
 シーンとした部屋で、一階のテレビの音がかすかに聞こえてくる。 お父さんがナイター中継を見てるのだろう。
 アオイは何を思ったのか、あたしが押しやったパンフレットを引っ張り出して、一冊手に取る。 そしてページを捲りながら、軽く中身を確認しはじめた。
「いや、俺もやるよ。なんか目ぼしいプランあった?」
 パンフレットのところどころに、あたしがマジックでつけた赤丸がある。
 アオイはそれらに目をとめながら言う。
「これ、借りてっていい? まだ決めてないなら、俺も目通したいし。そんでナツがチェックしてくれたやつの中から選ぼう」
「……いいけど」
 あたしは膝を抱えて、何も映ってないテレビの方を向いた。
 アオイは、あたしが結婚記念日のプレゼントのことで拗ねていると思っているのだろう。 二人で探そうと言っていたのに、今のところあたし一人で走り回っているだけだから。
 それで律儀にご機嫌を取りにきたのだ。
 子供の頃なら喜んで機嫌を直してたかもしれないけど……。
 (今回ばかりはアオイ、見当違いだったね)
 口を尖らせてツンとしてるあたしに、アオイは再度話しかけてくる。
「……おまえ、学校でなんかあった?」
 あたしはしかめっ面を半分だけアオイに向けた。
「は?」
「だって、さっきから変じゃん。朝まで普通だったよな? だとしたら学校でなんかあったんだろ」
「無いよ。なんにも」
 (どこまで見当違いなの、アオイ)
 なんだか自分が馬鹿らしくなってくる。
 あたしはプイと目を逸らして付け加えた。
「あったとしても、アオイに関係無いじゃん」
 その瞬間、視界の端でアオイの表情が変わるのがわかった。
 原因が自分にあると気付きもしないアオイが腹立たしかったし、 よりによってこんな時に兄面で心配されるのは苦痛だった。
 アオイはなにもわかってない。
 自分は千鶴ちゃんとのことを一言も話さずに、あたしのことだけ何でも知っておこうとするなんて、 なんかズルい。
 (そんな心配のしかた、ズルいよ……)
 だからあたしは、空気が凍りつくとわかっていて、そんな言葉を投げ付けたのだ。
 ――『アオイに関係ない』。
「……わかった」
 アオイはやや硬い声でそれだけ言うと、パンフレットを持って部屋から出て行った。
 一人になった部屋で、あたしはひどく空しい気分になって泣きそうだった。


 アオイとはしばらくギクシャクしていた。
 というより、あたしが一方的に無愛想を決め込んでいたといったほうが正しい。
 アオイのほうはそれでも何事もなかったように話しかけてくるけど、 あたしは徹底して必要最低限の返事しか返さなかった。
 呆れたような顔で困惑しながらも、アオイはあたしの不満の原因をさっぱり理解しなかった。
 途中からは自己嫌悪の念まで混じってきて、あたしはいっそう胸のモヤモヤを募らせた。 受験生のアオイに、もう少し気遣いを見せるとか、そういう大人な対応ができない自分がかなり嫌だった。
 どうしても胸の中の不快感は拭えず、表面上だけ明るく振舞うことさえできなかったのだ。
 あたしがそんな態度だから、何日たっても平行線。
 それでもとりあえず結婚記念日のプレゼントだけは用意して、お父さんとお母さんにプレゼントした。
 結局あたしが赤丸を付けていたプランの中から、アオイが二つ候補を選び、最終的にあたしが一つを選んだ。
 学校帰りに二人で代理店に申し込みに行ったけど、あたしは終始むっつりしたままで、 やっぱりアオイとは最低限の会話しかしなかった。
 結婚記念日は一週間後だけど、旅行の日程は、お父さんのお休みの都合で八月二十三日から一泊二日になった。
 二人はもちろん喜んでくれたけど、あたしたちの間の不穏な空気を察してか、少し心配げな様子だった。
 言うまでもなく、不穏な空気を発しているのはあたし一人のみだ。 アオイはあたしの態度に戸惑いながらも、決して通常の態度を崩さなかったから。 状況は完全に、こっちが一方的に拗ねているという感じで。
 更なる空しさは惨めさに変わり、あたしは何度か泣いた。



 高校に入ってから、ずっと考えていた。
 いつもあたしの前にあった、アオイの背中。アオイは多分変わらないのに、――この遠ざかってく感じは何?
 答えはひどく単純で、だけど気付いたところでどうにもならないものだった。
 変わっていくのは、あたしの気持ち……。
 あたしのアオイに対する感情の中に、年齢を重ねるごとに違うものが混じってくるから。だから……。
 だから、アオイが変わったように見えるのだ。
 兄妹なんて、成長すれば徐々に離れていくのが自然の姿のはずだ。
 家族とは関係のない場所でアオイに秘密ができたとしても、妹のあたしが干渉するべきことじゃない。
 なのにあたしは、自然の流れに逆行するようにアオイに多くを求めてしまうから、 その矛盾を”距離”だと感じていたのだ。
 ――気付きたくなんてなかった。
 ずっと昔のまま、何も考えずにアオイと一緒にいたかった。 あたしもアオイも、『恋』なんて知らない子供のままで……。





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